OMEGA(オメガ)
~ルイ・プラン前人未到の苛酷な宇宙で刻んだ人類の時~
オメガ
data
創業年/1848年
創業者/ルイ・プラン
創業地/スイスラ・ショー・ド・フォン
現在地/スイスビエンヌ
ラ・ショー・ド・フォンといえばスイス時計製造のメッカとして知られるが、1848年この地に
創立したのが、後にオメガへと成長を遂げる時計工房だったのである。
当初から組み立て工場を立ち上げ、新参工房としては大きな規模の生産設備を持って
いた。市場に見据えたのは、イギリスを中心としたヨーロッパ全体とアメリカ。当時、工芸
品的な価値が高く、国内市場を中心にしていたスイス時計産業においては画期的なこと
だった。やがてビエンヌに会社を移したが、これもまた、労働力に恵まれた地で、さらに
大量生産を目指すためだったのである。
こうして1889年にはスイス最大の時計メーカーとなり、1900年初頭にはいよいよオメガ
の社名を掲げるようになった。時代の流行をいち早く取りいれる一方、軍用時計の開発
で技術にも磨きをかけ、世界にオメガは進出した。
とくに名実ともにその名を世界に広めたのは、オリンピックでの活躍だろう。1932年のロ
サンゼルス大会から1992年のアルベールビルまで21回にもおよぶ桧舞台で、計時の重
責を担ったのである。計測機器に関しても、1946年にスターターピストルと連動した写真
判定システムの開発、1952年にはクオーツ制御によるタイムレコーダーを発表し、オリン
ピック初めての電子計測化に貢献したのだ。 2度の大戦はあったものの、中立国スイス
は大きな打撃を受けることなく、とくに時計産業は世界を席巻オメガもまた戦勝国アメリカ
を中心に巨大化をはたす。 前人未到の地である宇宙を目指したアメリカが選んだのは、
やはりオメガであった。1962年、宇宙飛行士や宇宙で使用するための時計開発にあたっ
て、NASAはいくつかの市販モデルを時計店から無作為抽出して試験した。 重力、衝撃
、震度、温度変化…。過酷な試験にクリアしたのは、オメガだけだったという。人類の達し
え最も厳しい環境下での使用にも耐えたオメガは、以来、究極の時計として歴史に名を
刻んだのである。
オメガ(OMEGA)という名前は、1900年代に入ってから、究極の時計メーカーという自負か
ら、ギリシア語の最終文字「Ω=オメガ(OMEGA)」にちなんで社名を変更した時からのもの
です。
■オメガ・シーマスター
オメガ(OMEGA) シーマスターは、1940年代に誕生したと言われています。 、第二次世
界大戦のさなか、イギリス空軍よりオメガが依頼を受け、ねじ込み式の裏蓋を使用した
防水時計を開発したのが、後のシーマスターの誕生へとつながったのです。オメガ最
初の防水時計「マリーン」は、当時のオメガの高い技術力を確証付けるものでしたが、
そのマリーンよりもさらに優れた防水機能をもつ本格的ダイバーズウォッチオメガシー
マスターが登場しました。 オメガ シーマスターは、さまざまな深海探査の場で、その
精度と耐久性を遺憾なく発揮して、ダイバーウォッチとしての信頼性を獲得していきま
した。
この深海探査で、さらに機能の拡大と向上を可能にしました。現在のような地位を確
固たるものにできた要因のひとつは、過酷な条件のなかで、数多くの計画をこなし、
次から次へとより高い耐久性と精度を求められることに応え続けてきたからにほか
なりません。
オメガ シーマスターは、映画「グラン・ブルー」の主人公のモデルとなったジャック・
マイヨールが無酸素潜水世界記録達成した時に、その腕に着けられていました。
■オメガ・スピードマスター
オメガ(OMEGA) スピードマスターは、1957年、人類初の人工衛星スプートニク1号の打
ち上げに成功したこの年に誕生しました。
当初、ケースや針・ブレスレットに至るまでをオメガ(OMEGA)シーマスターの部品を流用
し、ムーブメントは手巻きを採用していました。
その後、度重なる改良を重ねてゆき、シーマスターとは一線を画したラインとして生まれ
変わります。
オメガ(OMEGA) スピードマスターは、高機能、高性能を誇りながらも、更なる改良やデ
ザイン変更をし続け、時計を愛する世界中の人々から高い評価を今も受けているのです。
☆オメガの信頼性☆
現在のオメガでは、外注された製品を分解し、研磨し、組み立て,調整する作業を行っています。その
ため、性能性・信頼性は他社の追随を許しません。この工程の有無が、同じメカニズムを採用してい
ながらオメガの製品を際立たせている所なのです。


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